2WAY契約獲得の河村勇輝の所属するチームとは

日本を代表するプロバスケットボールプレイヤーの河村勇輝選手

昨季までは日本のプロバスケットボールリーグであるBリーグの横浜ビーコルセアーズに所属していました

今季からはNBA挑戦を表明し、メンフィスグリズリーズからエグジビット10契約をしてトレーニングキャンプを経て現在プレシーズンに出場し、なんと2way契約を獲得しました!!!

試合に出場となると、いよいよ4人目のNBA選手となります

今回は大躍進を続ける河村選手と所属するチームのメンフィスグリズリーズについて紹介します

目次

プロフィール

生年月日:2001年5月2日
出身地:山口県柳井市
身長:172㎝
体重:72㎏
ポジション:ポイントガード
出身校:柳井中学校 → 福岡第一高等学校 → 東海大学(中退)

経歴

小中学校時代

【最新・月刊バスケットボール臨時増刊号】“福岡第一高・河村勇輝の育て方”を大特集 | 月刊バスケットボールWEB (basketball-zine.com)

河村選手は、6歳でバスケを始め小学校ではミニバスをやり6年生の時には全国優勝も果たしました

その後中学では全国大会でベスト16を経験しています

高校時代

【ウインターカップ特別企画】河村勇輝の高校時代…指揮官&ライバルの証言から“新スター誕生”を紐解く – スポーツナビ (yahoo.co.jp)

高校では全国大会で4度タイトルを獲得し、ウィンターカップは2連覇もしています

この時に天皇杯に出場し、憧れの富樫勇樹選手率いる千葉ジェッツふなばしとも対戦しています
この時はさすがにプロチームである千葉ジェッツが勝ちましたが、河村選手は当時、高校生だったにも関わらず随所で光るプレーを見せてインパクトを残しました

高校3年時には、三遠ネオフェニックスに特別指定選手として加入し、18歳8ヶ月23日で、B1史上最年少出場及び史上最年少得点の記録を更新した(当時)

大学時代

河村勇輝(東海大学)、ケガや故障の予防はもう万全 – ザムストとスポンサーシップ契約を締結 | 月刊バスケットボールWEB (basketball-zine.com)

大学は名門の東海大学に進学し、1年生の時から試合に出場しています
この時のチームメイトには現在Bリーグで活躍する、大倉颯太選手、八村阿蓮選手、佐土原遼選手などがいて当時はスター軍団として名をはせていました

また横浜ビーコルセアーズに特別指定選手として加入し、再びBリーグでの試合を経験していました

大学4年間で多くのタイトルを獲得すると思われていましたが、2年生の時に中退をします

その理由は、2024年のパリ五輪に出場するために、今からプロの選手としてキャリアを積みたいというものでした

バスケットボールに人生を懸けているという河村選手の覚悟をヒシヒシと感じられるエピソードですよね

横浜ビーコルセアーズ

大学を中退してからは、以前にも加入していた横浜ビーコルセアーズと契約をして、本格的にプロとしての道を歩み始めました

プロになってからは、新人賞、ベストファイブ、リーグMVPなど早くも輝かしい成績を残していました

しかし一方チームはというとチャンピオンシップ獲得はならず苦い思いもしています

ワールドカップ

東海大学を中退し、プロの世界に飛び込んだ河村選手は晴れて日本代表に選ばれて、ワールドカップに挑むことになりました

ワールドカップでは世界の強豪のドイツやオーストラリアとの試合で苦しむ場面も見られましたが、フィンランド戦ではチームトップの25得点の大活躍でNBAのスター選手のラウリ・マルカッネンのいるチーム相手に大金星を上げました

つづくベネズエラ戦、カーボベルデ戦でも勝利をおさめ、パリ五輪の出場権を獲得したのです

これによりモントリオール五輪以来、実に48年ぶりとなる自力での五輪出場の快挙を成し遂げました

パリ五輪

2024年のパリ五輪では念願叶って、オリンピック出場を果たしました

ドイツ、フランス、ブラジルと予選リーグで格上との厳しい戦いが予想されていました

前回大会の東京五輪では、相手チームに圧倒され結果を残せませんでした

今回の五輪でも結果は3戦全敗でしたが、前回とは内容が全く異なっていました

世界の強豪を相手に競り合う時間帯が多くなり、なかでもフランス戦はオーバータイムにまでもつれ込み、あと一歩というところまで追い詰めました

大熱戦を繰り広げた、フランス戦で河村選手は29得点7リバウンド6アシストを記録し、2000年代のオリンピックで25得点5リバウンド5アシスト以上を記録した4人目の選手となりました

メンフィスグリズリーズとは

来歴

グリズリーズがスコッティ・ピッペンJr.と複数年契約で合意か | NBA Rakuten

ここで河村選手のいるグリズリーズについて紹介します

創設年:1995年(バンクーバーグリズリーズ)移転後2001年(メンフィスグリズリーズ)
本拠地:アメリカ合衆国テネシー州メンフィス
所属地区:ウエスタンカンファレンス、サウスウエストディビジョン
NBGL提携チーム:メンフィスハッスル
永久欠番:33番(マルク・ガソル) 50番(ザック・ランドルフ)

グリズリーズは最初カナダのブリティッシュコロンビア州バンクーバーで設立されました

同年にはカナダのトロントにもラプターズが設立され、NBAは念願だったカナダ進出を果たしました

エクスパンションドラフトで選手を獲得し、グリズリーズのチーム初ドラフト選手はブライアント・リーヴスを指名しました

ちなみに上記のチームロゴを考案したのは、現在のNBAロゴのシルエットになっているジェリー・ウエストです

グリズリーズは優勝はおろか、まだファイナルに進出したこともないので、今シーズンどこまでの成績を収めることができるかは、選手はもちろんファンも楽しみにしていることでしょう

グリズリーズの中心選手

https://nba.rakuten.co.jp/news/8345

ジャ・モラント

グリズリーズの若きエースのモラントは、河村選手とポジションが一緒でP Gとしてプレイをしています

身体能力の高さを活かしPGながらスコアリング能力にも長けている非常に優れたプレイヤーです

新人王、オールスター、オールNBAセカンドチームに選ばれたことや、チームをプレイオフに導いたりと能力は間違いな意です

ただプライベートで問題を起こしたことで、試合に出れない時期もあったので、今シーズンは挽回するいい機会だと思います

そして何より河村選手のことを気に入っていて、試合中にアドバイスを送ったり、自身のsnsに河村選手が2way契約を勝ち取ったことを喜んでもいました

今回河村選手はBリーグ出身選手として初めてNBAチームと2way契約を勝ち取りました
でもこの出来事は、きっとほんの序章に過ぎないと信じ、河村選手の更なる飛躍を願いたいと思います

今シーズンのNBAは河村選手の存在によりますます目が離せなくなりそうですね

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